life×art  interview

茶の湯の「今」を表現し続ける

茶人 木村宗慎さん

 

 茶の湯の文化を再編集して、新しいスタイルで発信している、茶人の木村宗慎さん。小さい頃から古美術が好きで、気がついたらお茶をやろうと思っていた。21歳の時に「芳心会」を立ち上げ、切実な思いで茶人になった。型にはまろうとしてはまりきらない自分のお茶を表現しながら、茶の湯の可能性を拓いている。

     「あなたのために」の一言からすべてを立ち上げていく

 瀬戸織部肩衝茶入仕覆:三雲屋緞子
 瀬戸織部肩衝茶入仕覆:三雲屋緞子

  骨董店が軒を連ねる京都・祇園の古門前通に、木村さんが主宰する「芳心会」の稽古場がある。

訪ねたのは昨年の冬。床の間には、江戸初期の禅僧、大徳寺181世・江雪宗立の書「寒松一千年」。桃山時代に日本にもたらされた高麗茶碗の熊川(こもがい)、同時代に焼かれた瀬戸織部の茶入れなどを取り合わせ、場がしつらえられていた。侘びの趣が伝わってくる。木村さんは自他ともに認める美術品好き。稽古でも目にかなった道具しか使わない。

 一口に茶の湯といっても、その中には日本のいろいろな文化が融合されている。茶室や露地などの建築、場をしつらえる書画や花、茶碗などの工芸、懐石や菓子、点前作法など。主客がお茶を通して交わる空間とふるまいのすべてが日本の美意識の結晶といえる。だがいつの間にかお茶の世界が流派や点前作法だけで語られすぎていないだろうか。

「お茶をするとはお点前の型を学ぶことではなくて、もてなしもてなされる場を作ること。『あなたのために』という一言を胸に、亭主は駆けずり回り、ものを見立て、取り合わせて、茶事を立ち上げます。そこに招き入れられたら場のすべてが御馳走です。茶の湯を学ぶ醍醐味は、空間や道具の一つひとつに込められた亭主のメッセージをひも解き、目の跡、手の跡、思いの跡をたどる楽しみに尽きます」

そのみずみずしい感性を養うために常の稽古がある。

茶の湯で最終的に求められるのは、「ひとときそこで、人と人、人ともの、またものとものが出会って、醸し出される空気や一体感のようなもの」。

お茶をすることはコンサートを開くのと似ていると、木村さんはいう。


   本物にあこがれ、求め続けてきた

 

 小さい頃から古美術に魅せられ、気がついたらお茶をやろうと思っていた。美を求めてやまない茶人のルーツは、故郷の愛媛県宇和島市にある。

仙台藩伊達家の流れをくむ、城下町。おじいちゃん子で時代劇やチャンバラごっこが大好きな子どもだった。家の近くの伊達博物館に毎日のように通い、刀や甲冑の美しさに胸をときめかせていたという。「本物とおもちゃの刀は何が違うのだろう」。身近な美術品に触れることで木村少年の眼は磨かれていった。

「祖父が小学生には過分な模造刀を買い与えてくれたのですが、模造刀が精巧であればあるほど、本物ではないことが際立つんですね。真剣の玉鋼の色とは違うと思った。どうしても本物が欲しくて、とうとう5年生の時にそれまで貯めたお年玉15万円で刀を買おうとして大騒ぎになりました(笑い)」。かわいいエピソードの中に豪快さの片鱗がうかがえる。美への探求は刀剣からさらに茶道具や焼き物へと広がっていった。

「美術館の方にたまさか名品を見せてもらうと、子どもながら肌で感じるものがありました。田舎なので周りにたくさんの美術品があるわけではなかった。だからこそ本物を求めに求めてきた。その延長線上に今があります」。常ならざる花と出合うわくわく感は大人になってからも変わらない。

裏千家茶道の門を叩いたのは、松山にある中高一貫の進学校に入学してから。神戸大学に進んで京都の師匠に師事し、21歳の時に「芳心会」を設立。お茶の家ではないところから切実な思いで茶人を志した。雑誌の取材でまだ学生だった木村さんと出会った女優の壇ふみさんが「お茶の神様が愛でし子」と評したというのもうなずける。

                    葛藤を超えて、自分の考えるお茶を追求する


            もてなしの心は美しいお点前にも
            もてなしの心は美しいお点前にも

  お茶が好きでたまらなくて、型にはまろうとしてはまりきらない20代半ば。自身の立ち居振る舞いが本流から批判され、お茶から離れていた時期がある。

「やめる寸前まで追い込まれて、それでもお茶を嫌いになれなかった。美術品が好きで掌に触れて使うのが楽しくてお茶をしていたはずなのに、お茶の世界で偉くなりたい、認められたいと思っていたことにも気がつきました。その時、どう言われようと、やっぱり好きなお茶を続けたい。お仕着せの価値観ではなく、自分の言葉でお茶や美術を表現できるようになろうと思ったのです」

崖っぷちに立たされて、お茶の世界と自分を見つめ直し、茶人として生きていく本当の覚悟ができたという。そこから木村さんは自分の考えるお茶を追求してきた。

京都の古美術店、中西松豊軒の中西輝之さんは木村さんが初めて関西に出てきた頃から兄代わり、父親代わりのような存在の一人だ。今の古美術や茶の湯のありようを忌憚なく語り合ってきた。花人の川瀬敏郎さんや陶芸家の樂吉左衛門さんからも大きな影響を受けてきた。刀に通じるところがあるのか、エッジの立った人やものと引き合うらしい。普段は鞘に収まっているが、内に熱く鋭いものを秘めている。

    ファスト化の時代に、時間と手ざわりをとりもどす


    昨秋、大徳寺で開かれた「青花の会」発会記念(新潮社提供)
    昨秋、大徳寺で開かれた「青花の会」発会記念(新潮社提供)

 木村さんは、京都と東京で稽古場を主宰するかたわら、茶の湯を柱に執筆、雑誌や展覧会などの監修・コーディネートを行っている。和紙と竹を組み合わせた茶室「傘庵」(2011)やミラノ・サローネ和空展「空庵」(2005)など、国内外のクリエイターと共に実験的な茶室づくりにも挑戦してきた。

「茶の湯には、ものとものを取り合わせることによって、単体にはなかった新しい価値や衝動のようなものが生まれることがよくあります。それを洗練させて美しく人に伝えうるように作り上げるのがお茶です。本でも展覧会でも私にとってはお茶をすることと同じ。あらゆる場面で生かせればいいなと考えています」

昨年は、新潮社・とんぼの本のホームページに1年間毎日、菓子と器を替えて掲載してきた自身のブログ「一日一菓」を1冊の本にまとめた。「もてなしの気持ちはどうすれば伝えられるのか、写真の1カットずつが、私にとって茶会でした」と綴られている通り、菓子と器が一体となって特別な気配を醸している。使っている器の多くは木村さんがお茶をするために集めたものだ。

11月には木村さんが世話人となって、工芸や骨董、建築を鑑賞する「青花の会」が発足した。新潮社が会員向けに「工芸青花」を刊行し、誌面に関連する茶会や花会などの催事を行う、新しい試み。ファスト化の時代に対して、物に込められた時間や思い、そこから生まれる手ざわりに心を寄せる趣向が凝らされている。京都・大徳寺で催された発会記念の特別展観には約200人が参加。本阿弥光悦の茶碗など創刊号で紹介された美術品を手に触れて鑑賞し、川瀬敏郎さんによる花手前や花席、木村さんの茶席を堪能した。

        茶の湯を今の時代にどう生かすか


『一日一菓』より「4月19 日桜 御倉屋(京都紫竹)織部角鉢(桃山時代)」(新潮社)
『一日一菓』より「4月19 日桜 御倉屋(京都紫竹)織部角鉢(桃山時代)」(新潮社)

 日本のお茶文化は室町時代後期に生まれて、たくさんの茶人の手を経て洗練されてきた。木村さんはその流れのなかで「今」をとらえている。

侘び茶を集大成した千利休は、茶の湯そのもの。茶室に唐物を飾り立てて茶の湯を楽しんだ「本数寄」に対して、名物道具を持たなくても楽しめる「侘び数寄」をメジャーなスタイルとして確立した。天下人の茶頭であり、政商であり、クリエイターと、いくつもの顔を持つ巨人だ。

「千利休以降、お茶の世界で利休の影響を受けていない人はいません。ほとんどのことは利休がやっています。利休とどう向き合うかは、その人とお茶の向き合い方を語るのではないでしょうか。ただ利休に学びながら、利休を答えにはしたくないと思っています」

木村さんは茶の湯の文化を定型通りなぞるのではなく、解体、編集し直して、様々な分野で発信している。先ほど紹介した「一日一菓」や茶室「傘庵」などもお茶に新しい見方をもたらしてくれる。茶の湯ブームだった桃山時代、お茶はもっと自由な発想で楽しまれていたのではないだろうか。

「お茶を未来に受け継いでいくために、茶の湯の基本とは何かをきちんと伝えていくことは大事です。その一方で、茶の湯を時代ごとにどう生かしていくか、新しい価値や使い方を与えていく役割もあります。茶の湯をいろんな器に移し換え、さまざまに使って、この時代に生きている人間ならではのスタイルでお茶の豊かさや多様性を伝えていきたい」

 注目の若手茶人はこれからどんな鮮やかな切り口で茶の湯の美を見せてくれるのだろう。そのたゆたう気配を感じ取るためにこちらも感性を磨いておかなければ。

 

 

 

   《プロフィール》 

 1976年愛媛県宇和島市生まれ。神戸大学卒業。少年期より裏千家茶道を学び、97年に芳心会を設立。茶の湯を基本に執筆活動、メディアや展覧会などの監修・コーディネートを行う。ミラノ・サローネ和空展「空庵」(2005)、フランクフルト工芸美術館「TEEHAUS」(2007)など、国内外のクリエイターやデザイナーとコラボレート。2011年に監修した茶室「傘庵」がJCDプロダクトオブザイヤーグランプリ、JCDデザインアワード金賞を受賞。著書に、「茶の湯デザイン」(阪急コミュニケーションズ)、「利休入門」(新潮社)、「一日一菓」(同)など。

 老舗「木屋旅館」の再生や伊達博物館の「手に触れる特別鑑賞茶会」など郷里・宇和島の地域活性にも力を注いでいる。

 http://www.hoshinkai.jp/

 

      (写真:片山道夫氏ほか 文:赤坂志乃/Lapiz2015春号掲載)