life×art interview

アートを通して人生の豊かさも喜びも    無限大に広がる

        ギャラリー島田 アート・サポート・センター神戸代表 島田誠さん

  島田誠さんは三菱重工のサラリーマンから、神戸の老舗書店の経営を経て、57歳の時にギャラリー島田をオープンした。年間50回以上の展覧会を手がけるかたわら、芸術文化の支援活動を行い、アートを通じた人と人のネットワークづくりに力を入れている。ギャラリーの枠を超えたアート・ムーブメントはどこまで広がっていくのだろうか。

 

 

 ――書店の社長を退いて、北野でギャラリーを開廊されたのはどんな思いからですか?

 

 もともとサラリーマンだったのが、30歳の時に義父に請われて海文堂書店の経営に転じ、その2階にギャラリーを開設しました。しかし書店とギャラリーの経営は性格が異なり、両方を見るのは難しい。自分の力が最も発揮できる画廊に専念しようと決断しました。

 阪神大震災を経験したことも意思決定に大きく関わっています。昨年、東日本大震災があって、日本は価値観の転換を迫られていますが、17年前には私たちが当事者だった。自分に与えられた時間を何に奉げるべきか。まず自分が変わらなければならないことを、身をもって示したいと思っていました。

新しい場を求め、何かに導かれるようにして北野に移ってきましたが、初めは多くの人がすぐにつぶれるだろうと思っていたようです(笑)。


 ――今では前身の海文堂ギャラリー時代を含めて、30年以上続く老舗ギャラリーです。島田さんのところには、自らの表現のためにあえて普通ではない生き方を選ぶ作家が集まってくるそうですね。

 

 なぜか個性が強くてアウトサイダー的、あるいは画壇に属さないインデペンデント系の人が多い。私自身が美術業界の中で群れない異端ですから肌が合うのでしょうか(笑)。

たとえ無名でも自分の表現にこだわり、自分の生き方としっかり向き合っている人たちとは、時にぶつかりあいながらも長いおつきあいになります。上手に個展を開いて、販売を重ねている作家さんは別に私と組まなくても上手に生きていける。そういう人の成功にはほとんど興味がないんです。

 

 ――島田さんも普通のギャラリストの枠を超えていますね。

 

 画廊の経営者とか画商、ギャラリストと呼ばれたりしますが、私はもともと絵を売ることが経営の手段であるという意識があまりない。美術に取り組んでいる作家たちの生き方とか、その生き方の表現としての作品にすごく関心があるんです。

自分の人生をかけて表現したいと思っている作家と関わるのであれば、それが豊かに成就してほしい。その果実をみんなに見てほしいし、評価されてほしい。その作家にふさわしい居場所を探してあげたいというか、変な風になってほしくないという思いがあります。


   人生をかけた表現の積み重ねが花開く 

 

 ――作家の伴走者のような存在でしょうか。

 

 そうですね。やっぱりみんな途中で迷うんです。せっかくここまで来たのに、なぜずれていくの?ということがある。それは作品を評しているようで、生きる姿勢を評していることになるから、島田はキツイ人間だと思われるんですが(笑)。

 私は自分でデッサンをするわけではないし、美術家に対して技法的なアドバイスはできません。ただ絵と純粋に向き合っているか、表現したい核心に向かっているかはわかる。長い道のりの間には、人間同士のぶつかりあいみたいなこともあります。

これは長年やってきた私の確信なのですが、展覧会の期間に売れる売れないと一喜一憂しなくても、良い仕事さえしていれば必ず誰かが見ています。思いがけないところから思いがけない話が来て、新聞で取り上げられたり、企業に納めることができたりということが起こってくるんです。私自身、地道に展覧会を企画し、ギャラリー情報を発信し続けてきた積み重ねが今のギャラリー島田の評価につながっていると思います。

 

 ――逆に作家の生き方を通して、島田さん自身が影響を受けることも?

 

 ものすごくあります。美術家の山内雅夫さんからは、「どういう展覧会をやるかはあなたの考え方の表現でもあるのだから、妥協してはいけない」と、何度も言われました。書店でギャラリーをやっていた頃は、経営のために売れることを考えた展覧会も入れていました。山内さんが入り口でぱっと見て気に入らないと、すぐに帰ってしまう姿も見ています。今はもうそんなことはありませんけど。厳しい生き方を貫くたくさんの作家とのやりとりの中で私も試され、鍛えられてきました。

 うちの展覧会は個性的なだけに批判の声も聞こえてきます。しかし、それぞれの作家の表現がかけがえのないユニークなものであると同時に、どんな展覧会を企画するかはギャラリー島田の自己表現です。

最近よく話すのは、表現はアートの世界だけではない。それぞれが自分の人生をいかに表現しているか。全員が素晴らしい表現者です。テクニックが優れているからアーティストではない。これはある意味、強烈な皮肉ですけど(笑)。

 

 ――ところで、以前は合唱団の指揮者をされていたそうですね。音楽の感覚もギャラリーの仕事に生きていますか

 

 大学からサラリーマン時代を通して、合唱団で指揮をしていました。ピアノも弾けないし、指揮も独学ですが、15年間指揮者を務め、コンクールに優勝したこともあります。指揮者は全体をまとめるリーダーとは違う。曲の表現を導くいわば独裁者ですから、それが画廊の仕事につながっているかもしれませんね(笑)。今思うと、誰でもやるような曲ではなく、日本初演とか私のために作曲をしてもらった曲を指揮していましたから、その頃から普通ではなかったんですよ(笑)。

 

  自分と響きあうものとどう出会い、

  そこに何を発見するか

 

 ――そんな島田さんからみて、本物のアートとはどんなものでしょう?

 

 自分の感性を揺さぶってやまないものでしょうか。私がずっと思っているのは、音楽でも美術でも文学でも、自分の生きている姿と呼応するもの、自分と響きあうものとどこでどう出会って発見して、それを自分の中に取り込んで、生の豊かさを広げていけるかということです。

画家の石井一男さんはやむにやまれぬ思いで自分のために女神像のような作品を描き続けてきました。私と出会った20年前は無名の存在でしたが、今、石井さんの作品は多くの人に求められています。だけど関心のない人にとっては、一つのお顔に過ぎない。例えば、路傍にある野仏にふと足を止めて素敵だなと感じるか、ただの石ころにしか見えないか。そこに何を見つけるかは人それぞれに違う。その作品と対話できる感性があるかどうかなんです。

 

 ――石井さんの女神像は展覧会で拝見して、心が洗われるようでした。アートの力とは何でしょうか?

 

言葉であれ音楽であれ身体表現であれ、アートは表現活動ですから、今という時代を生きて、伝えたいものをもっていなければならない。私が期待するアートは、時に時代を告発し、時代を癒し、人々の心を揺さぶり、生き方を問い直す。また別のありようとして、苦しい今を忘れさせる楽しいアートもあるでしょう。少なくともアーティストという人たちは自分の感性や思想を総動員して、時代に流されずに多様な表現活動をしてほしい。

 今、どこに行ってもアートイベントが氾濫していますよね。それは生活の中でアートが身近になってきた一つのあらわれであり、プラスの面でもあります。しかしアートが時代に利用されているというか、あまりに表面的なところでアートが消費されていることに対る危惧があります。

 

 ――ギャラリーを続けてこられて最も喜びとするところは?

 

 ギャラリーを運営しながら、美術だけに限らずアートを支援する活動を続けてきました。私はギャラリーも作家も、今という社会に向き合って自分はどうなのかを発言できないと意味がないと思っています。

 ギャラリーが故・亀井純子さんからいただいた寄付をもとに創設した基金が、いま名前を変えて神戸文化支援基金となり、毎年300万円の助成をしています。小さな額かもしれないけれど、何百人何千人という人が小さなお金を持ち寄るところに意味があります。これも社会を豊かにしていく一つの装置です。私たちの試みは、全く少数派で社会的には無力だけれど、確かなものとしてつながっていくラインがたくさんできています。

東日本大震災の後、東北で私たちの活動についてお話をして、すぐに被災地の文化活動を支援するアーツエイド東北が立ち上がったのも、同じ思いの人たちが東北にいたから。これからは市民が文化を支える時代です。

 私の尊敬する加藤周一さんが、1998年に「私たちの希望はどこにあるのか」と題して講演した時に、「志のある市民たちの小さな活動が無数に広がっている。それぞれは力がないように見えるけれど、何かがあった時につながって社会を支えていく。それが希望だ」と言われた。ギャラリーがそういった希望の発信源であればうれしいなと思います。

有名無名のアーティストと共に歩き、またそういった人たちを支援するネットワークを作っていくことは、誤解を恐れずに言えば、私にとって最高の道楽であり生きがいです。人の喜びが自分の喜びになっていくわけですから、その喜びは無限です。できるだけ多くの人とその気持ちを共有していきたい。

 

 《プロフィール》

1942年神戸市生まれ。神戸大学経営学部卒業。三菱重工業勤務を経て、73年に神戸・元町の海文堂書店社長に就任。78年、書店内に海文堂ギャラリーを開設。2000年に北野に同ギャラリーを移転し、ギャラリー島田をオープンする。

ギャラリー運営のかたわら、アート・サポート・センター神戸代表を務め、毎月さまざまなテーマで文化サロンを開催。2011年公益財団法人「神戸文化支援基金」理事長。

著書に、「絵に生きる 絵を生きる 五人の作家の力」(風来舎)、「無愛想な蝙蝠」(同)、「蝙蝠 赤信号をわたる」(神戸新聞総合出版センター)など。

 

   (写真提供:ギャラリー島田 文:赤坂志乃/Graphic Magazine Lapiz2012夏号掲載)