life×art interview

まなざしのデザインで次の社会像を描く

      アーティスト 大阪府立大学准教授 ハナムラチカヒロさん


  まなざしをデザインして風景を異化する、アーティストで大阪府立大学准教授のハナムラチカヒロさん。ものではなく見方や関係性を変化させることで、既成概念に疑問を投げかけ、日常の中に新しい意味を浮かび上がらせる。自分と異なるまなざしに気づき、お互いの違いを共有すれば、人はもっと豊かに生きられるのではないか。クリエイティブシェアを実践しながら、次の社会の補助線を描く。    

 

  風景を異化する、まなざしのデザイン


 いつもその上を歩いているのに目をとめることもないマンホールのふた。そこに鉄道模型の人形を置くと、あら不思議。巨大な工事現場が浮かび上がる。

 これはハナムラチカヒロさんが子どもたちと行ったワークショップのひとこま。

「日常の中には見ているようで見えていなかった風景がたくさんあります。それを見えるようにするのが、まなざしのデザイン。風景の半分は創造力でできています。芸術を使ってこの創造力をデザインしているんです」


 場所だけでなく、場所との関係性や見方に変化を起こすことで風景を変えられるのではないか。ハナムラさんは、「風景異化」という独自の領域で研究と作品制作を行ってきた。

 大阪・箕面市で行われた第2回現代アートの森では、山の散策ルートに沿って自然の中にさまざまな人工植物を差し込むインスタレーションを行った。池に浮かぶ美しいハスも切株に咲いた可憐な花も本物そっくり。だが手を触れてそれが作り物だと気づいた瞬間、見方がぱっと変わって山の自然すべてが作品に思えてくるという。

「まなざしをデザインすることは、固定観念を揺さぶり、日常の中に新しい意味の発見をもたらします。この作品は、人はいのちを見分けるまなざしを持っているかという問いかけでもあります」

自分が見ている風景は一つの側面でしかないと気づくだけで世界が広がり、心が自由になれそうだ。

「物事を自分で異化するまなざしをみんなが持てるようになれば、もっと幸せになれると思っているんです。そしていろんなフレームがある中で自分はどのフレームを選ぶのかを考えてほしい」。

まなざしのデザインは新しい自分との出会いなのかもしれない。

 

 誰もが空を見上げる人になる 

 

 ハナムラさんは大阪市立大学病院のアートプロジェクトをきっかけに、6年前から病院をフィールドに作品を作っている。

インスタレーション「霧はれて光きたる春」は、大規模病院の吹き抜けを利用した日本で初めての試み。昨年、大阪赤十字病院で実施した同作品が、日本空間デザイン大賞を受賞した。建物の採光のために設けられた空間で、まさか夢のようなアートが生まれようとは、当初、病院関係者の誰も想像できなかったという。

 

ハナムラさんは、最初に病院をフィールド調査した時に、医師は医師らしく、患者は患者のように、誰もが役割を演じていることに気づき、役割がコミュニケーションを限定しているように感じた。吹き抜けは上下左右見渡せて、みんながそこに並んでコミュニケーションを図れる唯一の空間。そこで役割を脱ぎ捨て、一人の個人に帰れるような圧倒的な風景を作ろうと考えた。

 高さ50㍍を超える吹き抜けに突然立ち込める霧。やがて霧が少しずつ晴れてくると、空から光輝くシャボン玉が降ってくる…。

ユーチューブで作品の一部を見ることができるが、シャボン玉と一緒に心が空高く飛んでいきそうな美しいインスタレーションだ。

 

ガラス越しにシャボン玉をつかもうと手を伸ばす子どもたち、点滴をつけたまま祈るように空を見上げる男性、驚きの表情でのぞき込む医師。普段はコミュニケーションをしたことのない人たちが回廊に並んで、まなざしを交し合う。関係者もそんな光景は見たことがないという。1日30分の奇跡のような時間。

 

「寝たきりのお年寄りがベッドを病室の入り口に運んでもらってシャボン玉を見ている姿には胸を打たれました。毎日天井ばかり見て不安な思いをされていたと思います。そばで見ている看護師さんがいて、隣には子供がいて、対面には点滴をつけた人が並んでいる。みんなが空を見上げるただの人になる。そういう姿を見た時に、人は違いを乗り越えて、深いところでつながることができるのではないでしょうか」

 病院の日常の中に非日常の風景を差し込むことで、そこで過ごす人たちのまなざしに変化を与えた。この作品では、霧とシャボン玉が織りなす風景そのものより、それを共に眺める人たちの姿や表情を吹き抜けから見渡せることが風景異化に重要だったという。 

 

 美術から遠く、不安や悲しみを

 抱える人たちにこそ届けたい

 

生死にかかわる病院は、アートにとって最も条件が厳しい空間である。屋上からペン1本でも落として事故につながれば、二度と病院でアートができなくなる。

どう電源を確保するか、搬入経路をどうするか、難しい問題を一つずつクリアして作品を実現した。条件が厳しい病院でできれば、どの公共空間でも道が開ける。何より病気で心に不安や孤独を抱える人たちに芸術を届けたいという思いが強い。 

「心が闇に閉ざされそうな時に、たった30分でも芸術が喜びや癒しをもたらすことができれば人生が変わるかもしれない。病院や災害の現場などアートは必要ないと思われている場所でこそ芸術が果たす役割は大きい。いつかこれが医療の一環になれば、この取り組みは成功。次の社会像を開いていくためにこの作品はあるべきだと思っています」

 

   クリエイティブシェアの時代 

 

 大阪・東成区にある、アトリエ「♭(フラット)」。ハナムラさんが2008年から古い活版印刷工場を手作りでリノベーションし、生活をしながら一つの社会実験を行っている。

 廃墟同然だった建物は、アーティストにとっては宝の山だ。週末ごとにクリエイターや学生、さらに地域の人たちが集まるようになり、水道管をつないだり、壁を解体したり、少しずつシェアビルドしてきた。イベントスペースやサロン、ゲストハウスがほぼ完成し、カフェの改築工事が進行中。アトリエ全体が現代アートのようだ。

 

 「20世紀の共同体は価値観が同じだから一緒にいましょうでしたが、これからは価値を異にする人たちが共にいてそれぞれの違いをどうシェアするか。これとよく似ているのが演劇です。全員違うからこそドラマが生まれる。僕は人々が集まることのできるこの場所を描く脚本家であり、この場にやってきた人との対話を通じて場の方向性を決めていく演出家でもある。そして僕も含めて、この場に集まる人たちはそのドラマの演者であり、観客でもある。そうやってこの場を演劇作品として運営しながら、創造性を共有するクリエイティブシェアを実践しています」

映画上映会など様々なイベントが開かれたり、海外のアーティストが滞在して作品を制作したり、「♭」は地域の文化拠点にもなっている。将来的にはホストメンバーを中心に自治を行う小さなパブリックを目指している。

こういったクリエイティブシェアを行っている場所は大阪市内だけで200か所以上あるという。

「クリエイティブシェアのネットワークを日本だけでなく世界に広げて、お互いが持てるものをシェアしていく文化を立ち上げたい。それが共に生きることにつながると思うんです」

 

   旅人のまなざしで生きる 

 

ハナムラさんはソウル出身の母と京都出身の父の間に生まれた。韓国の親族はほとんどがアメリカに渡ったため、子どもの頃から日常会話は日韓英のトライリンガル。多文化に触れて育った。アーティスト、デザイナー、俳優、研究者といくつもの顔を持つ。

「日本にいても外国に住んでいるような感覚があります。どこにいても旅人なんです。だからその社会を相対化できる。芸術家は旅人のまなざしを持っている。日常生活の中で人が気づかないことに気づくまなざしを持っているから存在価値があると思うんです」

 

消費経済が世界をおおい、社会の規範が揺らいでいる現代。寄る辺ない孤独や不安に対して芸術が果たせる役割があると、ハナムラさんは感じている。

「人間だけが脳を進化させ、モノを作ることで文明を発展させてきました。そしてモノが豊かになることで人がもう豊かにならないとすれば、人と存在をシェアしたり感情を共有したりといった、心にまつわることが人を豊かにするのではないかと考えています。美の基準は時代によって変わりますが、僕が考える普遍的な美は誰かのために自分の何かをギブしている姿です。その逆に奪い合う姿が最も醜い。何が美しくて、何が醜いのか。美を感じる力となる芸術が、人間の心を進化させるのではないかと思っています」

 

 

《プロフィール》

 アーティスト/デザイナー/研究者/俳優

1976年大阪生まれ。

 

大阪府立大学農学部地域環境科学科卒業、同大学生命環境科学研究科博士前期課程修了。ランドスケープデザインオフィスで国内外のプロジェクトに関わった後、大阪大学コミュニケーションデザイン・センターで中之島コミュニケーションカフェ2006/2007の企画運営及び空間デザインなどに携わる。2007年から大阪市立大学病院のアートプロジェクトに関わり、2010年インスタレーション「霧はれて光きたる春」を制作。2012年の大阪赤十字病院で取り組んだ同作品が「日本空間デザイン大賞」を受賞し、日経新聞社賞を同時受賞。

映画や演劇などで俳優も行い、街中で非日常風景を探る状況的パフォーマンスなども展開する。

 2008年からアトリエ「♭(フラット)」(大阪市東成区)を中心にアートやデザイン、映画など領域を超えたさまざまな表現者の交流と創造の拠点のプロデュースを行っている。

 大阪府立大学21世紀科学研究機構准教授。一般社団法人ブリコラージュ・ファウンデーション代表理事。

 

      (写真提供:ハナムラチカヒロ氏ほか 文:赤坂志乃/ Lapiz2013夏号掲載)